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陸前高田BBQ炊き出しレポート3 〜陸前高田市内〜

一週間前から、資料の作成やらWEB会議やらで、十分に睡眠時間が取れていなかったので、車中では殆ど寝ていた。
長者町SAに着いたのが29日の午前5時過ぎ。
途中何度か渋滞はあったものの、予定通りに着いた。
ここのSAはそう大きくないのだが、輸送車両や自家用車で一杯だった。
見物客も多数いると聞いていたし、49日とGW初日と言う事も重なっての事だと思う。
現地から、周辺の状況を考慮し、駐車スペースを少なくする為に台数の削減を言われていた理由がわかった。
一関ICから一般道へ、やはり渋滞だ。
先発隊はどこまで行っているのか気になるが、迂回路も無い為無事予定通り着く事を祈るばかり。

朝日が昇り始め、目的地に近づくにつれ周辺の様子がはっきりと見えてくる。山間を走っているがあまり変わりは無い様に感じる。
少しづつ降りてくると、突然、一定の高さにある所から、津波の被害にあった民家が少しづつ見えてくる。
倒壊した民家1
倒壊した民家2

恐らくこの辺りは、津波の最後部なんだと思われる。
この民家より後ろは見えないが、一階部分は浸水しているのがわかる。
バスで走って来た感覚では結構高い所の気がしたのだが…

段々下るにつれ被害が大きくなっていく。

あまりこういう写真を掲載するのは不謹慎かも知れないが、テレビで映される映像より格段に迫力があり、離れた土地で暮らしている我々には想像もつかない悲惨さで、縁あって現地に入らせて頂く事が出来た我々が見て感じたものは伝えなければならないと思う。

山間部から、海沿いの市街地へ入ると、思わず息を呑んだ。
津波が無ければ、美しい海と、自然と調和した、誰もが懐かしさを覚える、暖かい風景、街並みが広がっているはずの場所…
自衛隊の懸命の作業により、瓦礫はずいぶん撤去されたらしいが、初めて訪れたモノにとっては、理解するのに時間がかかるというか、どう表現していいのかわからない。

窓からの風景1

撤去作業1

全員茫然と見ていた。

道路も、瓦礫を撤去して通れるようにしてあるだけで、恐らく全ての道が表に出ている訳では無いのだと思う。
少し広場の様になっている、何台か車を停めれる場所に一旦停泊して、その先の「高寿園」へ続く橋がバスが通れる状態か確認するのを待った。
そこで一旦外に出て周りを見渡した。








この4本の鉄柱は野球場の証明らしいが、球場は跡片も無い。
津波のパワーの凄さがわかる。



わかりにくいかも知れないが、鉄柱が根元から曲げられている。

この様な、本当に想像するのも恐ろしい津波に実際に遭われた方々の心情を考えると、炊き出しとは言え、大勢で押し掛けていくのはどうなんだろう…と不安に襲われる。
恐らく初めて訪れた殆どの人が思っていたに違いない。
みんな口数が少ない。

確認作業が終わり、いよいよ高寿園へ出発する。
重苦しい車中。
そんな我々の心中とは裏腹に、太陽が燦々と照り始め、広すぎる空に居座っていた雲が、少しづつその重い腰をあげ、どこかに移動し始めていた。

大型バスがギリギリ通れる程の橋を通っていると、一生忘れられないであろう光景が目に飛び込んでくる。

瓦礫の中に咲いた桜

我々の街では、もうとっくにお花見のシーズンは終わって、咲き誇る満開の桜を見て来たはずなのだが、この、瓦礫の中に一本だけ、しかも大半の枝は波にさらわれてしまっている桜は、みすぼらしいどころか、日本中のどの桜よりも立派に、凛として、誇らしげに、上を向いて咲いていた。
地元の人たちも、丸ごと波に呑まれたこの桜はもう咲かないだろうと言っていたらしい。

我々はこの桜に勇気を貰い、「よし、やるぞ!」と沈みかけた心を奮い立たせる事が出来た。

心から感謝したい。
今回の炊き出しの成功は、この桜のお陰だと言っても過言では無いと思う。
ありがとう。


続く

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